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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)474号 判決 1957年4月26日

第一審原告 木村昌司

第一審被告 新島順三郎 外一名

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用はこれを二分し、その一を第一審原告の負担、その余を第一審被告等の負担とする。

事実

第一審原告訴訟代理人は、昭和三十一年(ネ)第四七四号事件につき、「原判決中第一審原告敗訴の部分を取消す。第一審被告等は連帯して第一審原告に対し、更に金八十万円及びこれに対する昭和二十八年九月五日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を、昭和三十一年(ネ)第五〇二号事件につき、「第一審被告等の各控訴を棄却する。」との判決を求め、第一審被告等訴訟代理人は、昭和三十一年(ネ)第五〇二号事件につき、「原判決中第一審原告勝訴の部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を、昭和三十一年(ネ)第四七四号事件につき、「第一審原告の控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方各訴訟代理人の事実上の陳述は、原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。

証拠として、第一審原告訴訟代理人は、甲第一号証から第十一号証まで及び検甲第一号証の一、二を提出し、原審における検証の結果、原審証人及川弘、田口光一(第一、二回)、畠三夫、大塚トシ、新島信行、当審証人田口光一の各証言、原審における第一審原告法定代理人木村範義尋問の結果並びに原審及び当審における第一審原告木村昌司本人尋問の結果を援用し、検甲第一号証の一は本件空気銃から暴発された弾同号証の二は右と同種の未使用の弾であると附陳し、乙第十四号証の写真が第一審被告等主張のとおりのものであることは不知、その余の乙号各証の成立を認めると述べ、第一審被告等訴訟代理人は、乙第一号証から第四号証までの各一、二、第五号証から第七号証まで、第八号証の一から三まで、第九号証、第十、第十一号証の各一、二、第十二号証の一から三まで、第十三号証の一から六まで及び第十四号証を提出し、原審における検証の結果、原審証人田口光一(第一回)、村上法一、長沼義光、当審証人小野寺八重子当審鑑定証人樋田敏夫の各証言及び原審における第一審被告新島順三郎本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、乙第十四号証は昭和三十一年十月九日新島信行が早稲田実業中学部第三学年在学当時撮影した写真であると附陳し、甲第三、第七号証及び第九号証から第十一号証までは不知、その余の甲号各証の成立を認める。検甲第一号証の一、二が第一審原告主張のような弾であることも認めると述べた。

理由

昭和二十七年十二月二十二日午後三時半頃東京都墨田区寺島町四丁目二百二十一番地先道路上で第一審被告等の長男新島信行が射撃をしていた空気銃から暴発した弾(検甲第一号証の一)が第一審原告の右眼に命中したことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第二、第五号証、乙第八号証の一から三まで同第十二号証の一から三まで、原審証人新島信行、原審及び当審証人田口光一(原審は第一、二回)原審における第一審原告木村昌司及び第一審被告新島順三郎(第一、二回)各本人尋問の結果並びに原審における検証の結果を総合すれば、本件事故発生の場所は、繁華街の裏手に当る南北に通ずる幅員二、二米の通路で、西側は第一審原告の住宅の石塀、東側は人家及び工場の板塀で限られた狭隘な場所であること、本件事故発生当時新島信行は自宅から単身右空気銃を持出し、第一審原告を含む子供等五、六人の見物している前で、通路の西側石塀に接する塵芥箱の上に空瓶を立てて標的とし、これより南方へ右石塀に副い七、五米を隔てた路上西側の位置からこれを射撃しようとして、銃身を折曲げ弾を込め銃身を元に戻しながら銃口を上げたとき、引金を引くいとまもなく故障のため突然前記の弾が射出し、その際銃口が右前方に向いたため、弾は右斜前方三米を隔てた路上東側に集つていた子供達のうち最前方にいた第一審原告の右眼に直接命中したこと、第一審原告はこれにより右眼窩内出血、眼筋射創硝子体出血等の傷害を受け、直ちに日本医科大学第一医院に入院して、翌日弾の摘出手術を受けたが成功せず、同月三十一日空しく退院し、翌昭和二十八年一月五日再び同所に入院して同月十二日第二回の手術を受け漸く弾を摘出することができて、同月二十六日退院できたこと、しかし第一審原告が右眼に受けた傷は遂に癒えず、その後網膜剥離、眼球炎等を併発し現在まで主治医のもとに通院して加療しているが、視力は益々衰え、傷害前一、二の視力を有していた右眼は現在では全く失明同様の状態となつていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。しからばこれによつて第一審原告が精神上多大の苦痛を受けることはもとより当然である。

元来空気銃は、単なる玩具と異り人を失明させるに足りる威力のあるものであるから、その使用については慎重な注意を要するところ、原審証人新島信行、村上法一の各証言及び原審における第一審被告新島順三郎尋問の結果によれば、右空気銃は事故発生の前々日買求めた新品ではあるがその翌日使用中に既に本件事故の際生じたと同様の故障による暴発を起しており、その翌日すなわち本件事故発生当日新島信行は買受先の銃砲店でその修理を受けたが、修理後試射をしたわけでもなく、修理の完全なことは確認されていなかつたこと及びこの種の空気銃は僅かの故障や操作の不手際によつても暴発する虞のある危険な物件であつたことが認められるので、かような危険な物件を前認定のような狭隘な場所で使用するときは、射撃の対象もおのずから狭い区域の中に求めることとなるので、広い無人の場所におけると異り人を傷ける危険も多く通常人の注意を以てすれば、むしろかような場所での使用は全くこれを避けるか、もしこれを使用するとしても事故発生を防止するため特に高度の注意を用いる必要があるにも拘らず、本件においてはかような点についてすこしも注意の用いられた形跡がないので、本件のような場合、もし加害者が通常人であるとすれば、右加害行為はその過失によるものとして当然法律上の責任を負わなければならない場合に該当する。

しかるに原審証人新島信行、村上法一、長沼義光、当審証人小野寺八重子の各証言及び原審における第一審被告新島順三郎尋問の結果を総合すれば、新島信行は、当時満十一年の未成年者で(この点は当事者間に争がない)、待望の空気銃を入手した嬉しさからこれを使用したい衝動を押えることができず、父母から空気銃を使用するときは家人等と共に出かけ単身持出すことのないように注意されていたのに拘らず父母の目を盗んでこれを持出し、前記のように前日暴発の故障を生じ同日修理をしたがその完全なことが確認されてもいないのに拘らず、しかもかねて教えられていた装弾の際は下に向けてなすようにとの操作上の注意にも思い至らず、何気なく装弾の際銃口を上げたため、本件事故を発生したものであつて、事故発生の際も新島信行は周章なすところを知らず、被害者の右眼からの多量の出血に驚き同人がその住宅に運ばれるのに追随して行き、被害者の姉に謝罪しただけで、銃を自宅に置くや附近の子供等の遊びの群に投じて帰宅の時刻すら思い出すことができないような状態であつたことが認められる。これらの事情と当時の新島信行の年齢とを併せ考えるときは、当時同人は本件のような加害行為についてはその法律上の責任を弁識するに足るべき知能を具えていなかつたものと認めるのが相当である。第一審被告等は種々の事実を挙げて、新島信行が年齢に似合わず高度の知能を有し、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を具えていたと抗争するけれども、民法第七百十二条にいう行為の責任を弁識するに足る知能とは、単に一般的に知能が高いとか運動が得意だとかいうことだけで決められるものではなく、当該加害行為のような種類の行為について一般的にその責任を弁識するに足る知能を意味し、本件加害行為のような種類の行為については、当審証人小野寺八重子の証言及び原審における第一審被告新島順三郎尋問の結果により認められる、新島信行が年齢の割に知能が発達し、小学校第五学年のときは運動部長を勤め学業の成績も良好であつたこと等の事実を以ては、新島信行に本件加害行為の責任を弁識する知能がなかつたという前認定を左右するに足らず、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。したがつて民法第七百十二条の規定により、未成年者たる新島信行は前示加害行為につき損害賠償の責に任じないものである。

しかるに第一審被告等四名は、新島信行の親権者であることは当事者間に争のないところであるから、これを監督すべき法定の義務ある者として、新島信行が第一審原告に加えた損害を賠償する責に任ずべき関係に立つ者である。

第一審被告等は、新島信行の監督義務者としての義務を怠らなかつたから損害賠償の責に任じないと抗弁するから考えるに第一審被告新島順三郎が新島信行に対し空気銃を使用するときは家人と共にすべきことを注意していたことは前認定のとおりであり、原審証人新島信行の証言によれば、第一審被告新島順三郎からも新島信行に対し空気銃を操作するときは銃口を下に向けるように教えたことが認められるけれども、これらの事実だけでは第一審被告等がその監督義務を怠らなかつたと認めることはできず、本件事故発生前第一審被告等が空気銃を自ら保管しその許がなければ容易にこれを持出すことができないようにしておいたという事実は証拠上認め難く、その他第一審被告等の右抗弁事実を認めるに足りる証拠がないから右抗弁は採用できない。

又第一審被告等は、たとえその監督義務を尽したとしても本件事故の発生はこれを防止することができなかつたものであるから、第一審被告等には損害賠償の責任がないと抗弁するけれども、本件事故につきその主張のような特段の事情があつたことはこれを認めるに足りる証拠がないから、右抗弁もまたこれを採用しない。

したがつて第一審被告等は新島信行の右加害行為により第一審原告の被つた損害を賠償しなければならないので、進んで慰藉料の数額につき審案する。成立に争のない乙第一号証から第四号証までの各一、二、同第五、第六号証、真正に成立したものと認める甲第七号証、同第九号証から第十一号証まで、原審における第一審原告法定代理人木村範義、第一審被告新島順三郎本人(第一、二回)、原審及び当審における第一審原告木村昌司本人各尋問の結果を総合すれば、第一審原告は、事故発生当時は満十三年の中学一年生で、左右両眼とも視力一・二の健康な男児であつたが、本件事故のため今や前認定のように右眼が全く失明同様の状態となつているだけでなく、現在も右眼の充血疼痛等のため主治医の許に通院加療を続け、昭和三十年四月以降に第一審原告側の支払つた療養費用は金六万円を超えること、第一審原告は本件負傷前は柔道その他の運動に親しんでいたが現在は右眼の病勢が悪化する虞があるので運動競技をすることができず、又左眼だけを使うため眼が疲れるので連続長時間の勉強にも堪えないこと、(手術の過誤その他外科的措置の失当なことによつて第一審原告の病勢を悪化させたことを認むべき証拠はない。)ただ幸いにも醜貌を残さなかつたため級友も本人の右眼の失明には気付かない程度であること、第一審原告の父は使用人約十五人を使用してメリヤス製造販売業を営んでいること、第一審被告新島順三郎は妻及び子供三人と女中との暮しで、友人親戚等と共に一般金物、螺子類の卸売を業とする会社を主宰し、その株式の約四割を保有し、現住所は借家であるが他に倉庫一棟、預金十数万円及び有価証券を有し、約五万円の月収があり、本件事故発生後夫婦で第一審原告をその病院に見舞つたほか、入院中の治療費、入院費等七万余円をも自ら負担したこと等が認められ、右事実と前示認定は係る各事実及びその他証拠上認められる諸般の事情(原審口頭弁論終結後に明らかとなつた新たな事実を含む。)を考慮すれば、第一審原告が本件事故によつて受けた精神上の苦痛は、第一審被告等より金二十万円の支払を受けることによつて慰藉されるものと認めるを相当とする。

しからば第一審原告の本件請求は、第一審被告等に対し、連帯して右金二十万円及びこれに対する本件訴状が第一審被告等に送達された日の翌日であること記録上明白な昭和二十八年九月五日以降支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては正当であるが、その余は失当として棄却を免れない。よつて右の限度において第一審原告の請求を認容し、その余の請求を棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条により本件各控訴をいずれも棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき同法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本謁夫 内海十樓 小沢文雄)

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